2008-06-09

夜、遅くに涙…

 最近、年をとったせいか、涙する事が多くなったように思えます。

 それは昨日のTV、アジア紀行。
 「私は贅沢な暮らしや立派な地位はいりません。幸せで平凡な暮らしを家族と共に過ごしていきたいだけ。」
 と語る傣族(タイ族)の村で暮らす少女の言葉に涙がポロポロ。

 番組のテーマはシャングリラ…不老不死の都についてだったのですが、少女の言葉を聞いていると、不老不死とは個人の肉体の事ではなく、美しい心(考え)の永遠なる持続ではないのかと思えました。

 家族を大切にし、平凡な生活の中にある幸せを感じ続ける事で、その思いは老いる事も滅する事もなく、次世代に正しく継承されていくんじゃないだろうか?
 このように安らかな考えで満ち溢れる世の中だったとすれば、秋葉原の凄惨な事件や、ちょうど7年前の池田殺傷事件などは起こらなかった筈。

 番組で紹介されていた傣族と日本人は、なんとルーツを辿ると同じだそうで、自分も含め、皆がもっともっと純朴な心を持てる世の中であれば良いのにと考えると、自分の流した涙が恥ずかしくもあり、正しくも思えたりするのでした。

 とにかく今の世の中はと言うと、ヨハネの黙示録の通りになってしまいそうなほど、人の業は廃れた有様。
 バカが作る世の中で腐った考えが継承され、キチガイが育っていく世の中だとすれば…神様もハルマゲドンも信じているわけではないけれど、正義などなくても地球は回るかのような現世など、老いを迎え、どこかで死するべきではないのかと考えてしまいます。

 神様に意見など罰当たりで申し訳ありませんが、どうか世界にはまだ傣族の人々のように純粋な心を持った人達がいる事を忘れないで下さい。
 もし審判のラッパが吹かれたとしても、心清き人々に災いはお与えにならないで下さい。
 来たるべき新世界に必要なのは、異教徒とはいえ、このように純粋な心を持った人達なのだと僕は思うのです。 

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